短期留学で「マインドセット」は変わるのだろうか?
早稲田大学名誉教授・国士舘大学大学院客員教授 白木 三秀
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1.留学により得られるもの:「非認知能力」の変化を見たい
留学により得られる「力」や「能力」は様々であるが、その一つが、語学力や知識などテストなどで示すことができる、いわゆる「認知能力」である。他方で、「認知能力」以外に、心の有りよう、心の持ちよう、人や状況への向き合い方、つまり、「マインドセット」(考え方)や「コンピテンシー」(行動特性)と呼ばれる「非認知能力」もある。
後者の「非認知能力」がどれくらい伸びるのかを、数量的に測定したい。留学前と留学後とでは、「マインドセット」や「コンピテンシー」に変化が起きるのだろうか。この点を検討してみたい。その根拠として、私たちが行った研究結果(本小論末尾の報告書参照)を活用する。これが本小論の目的である。
2.短期留学で変化が見られるのか?
様々な期間や方法がある「留学」のうち、ここでは「短期留学」を取り上げる。「短期留学」とは、一般的に8週以下の留学を指している。ここでの「短期留学」は夏休み期間の4週間(1ヶ月)以内のものである。調査対象はほぼ高校生と大学生であった。
これだけの短期の留学で本当に「マインドセット」や「コンピテンシー」が変わるのだろうか?結果は、以下で見るように、「驚くほど変化する」であった。
3.留学を通じて最も高めたいもの
まず、留学前において、「今回の留学を通じて最も高めたいもの」を尋ねた。ただし、選択肢は5項目である。その結果は、表1の通りである。
今回の留学を通じて彼らが共通して高めたいのは、「他者とのコミュニケーション力」(50.5%)である。
表1.今回の留学を通じて最も高めたいもの(5項目からの選択)
4.留学を通じて高まったものについての自己評価
この短期留学を通じて自己評価がどのように変化するのか?この点を確認したい。ただし、自己評価では、5つの局面に限定して尋ねた。すなわち、「1.学業への意欲」「2.キャリアの方向性」「3.自立する意欲」「4.他者とのコミュニケーション力」「5.多様性への関心や許容度」である。
表2の左欄で留学前の各項目の平均値を見てほしい。自己評価の中で、「5.多様性への関心や許容度」の平均値が4.10と最も高く、逆に、「2.キャリアの方向性」が3.10と最も低くなっている。今回の短期留学に参加した学生においては、多様性への関心や許容度については自信があるが、キャリアの方向性はまだ見つかっていないということを示しているとみられる。
さて、留学を通じての変化を検討しよう。表2の右欄に明らかなように、留学を通じて「1.学業への意欲」を除いて、他の4項目は統計的に有意に向上している。ただし、その4項目の中で、「2.キャリアの方向性」の有意水準は最も低くなっており、この留学を通じて将来のキャリアの方向性が若干明確になってきた、というように解釈される。
ともあれ、短期の留学を通じてでも多くの自己評価に向上が見られたということが明らかになった。
表2.留学を通じての自己評価の変化
5.自己評価の変化における高校生・大学生間比較
このような留学を通じての自己評価の変化において、高校生と大学生との間に違いがみられるのだろうか。表3を見てほしい。
明らかに、「1.学業への意欲」「2.キャリアの方向性」においては、高校生・大学生ともに留学を通じて統計的に有意な変化は見られない。短期留学でこれらの変化は自覚されない。
他方、「5.多様性への関心や許容度」は高校生・大学生ともに留学を通じて統計的に有意な変化が見られ、両者とも高まっている。「3.自立する意欲」はこの間、高校生のみに高まりが見られ、「4.他者とのコミュニケーション力」の向上は大学生のみに見られた。年齢の若い高校生においては、実家から離れて海外で過ごす中で、自立心が高まるという特徴が大学生以上に顕著に表れている。
表3. 留学を通じての自己評価の変化:高校生・大学生間比較

6.留学を通じてのマインドセット/コンピテンシーの変化
「留学による考え方や行動(マインドセット/コンピテンシー)の変化」は29の設問項目から構成されていたが、これでは設問項目が細分化され過ぎているおり、留学に伴う変化を全体的に俯瞰したい本小論にはふさわしくない。そこで、これら29の項目を以下の通り、6種類のマインドセット/コンピテンシーとしてグルーピング化した。
① 「知的・行動的柔軟性」( Intellectual Flexibility、Behavioral flexibility)
② 「コミュニケーション能力」( Communication or Interaction Management)
③ 「異文化理解と多様性の尊重」( Openness (to different cultures)、Diversity、Intercultural Respect)
④ 「文化への興味・関心」(Cultural Awareness、Cultural Engagement)
⑤ 「折れない心」(Resilience)
⑥ 「自己アイデンティティとキャリアへの意識」( Identity maintenance、Career awareness)
こうして求めた6種類の「マインドセット/コンピテンシー」の留学を通じての変化を見てみよう。表4がそのための表である。同表から明らかなように、いずれの「マインドセット/コンピテンシー」も例外なく、今回の短期の留学を経て、統計的に有意に高まっている。しかも、危険率は6種類の「マインドセット/コンピテンシー」で押しなべて、0.1%と極めて有意水準が高く、ほぼ間違いなくこれらの指標は留学を通じて上昇することを示しているのである。
表4.留学を通じてのマインドセット/コンピテンシー(6グループ)の変化
7.むすび:留学への期待
以上の検討から、1ヶ月未満の短期の留学においても、留学前と留学後の間でマインドセット/コンピテンシーにおいて大きな変化を統計的に確認できた。
経済社会でグローバリゼーションがさらに進み、多様性とVUCA(注)への対応が求められる時代において、今後の活躍が期待される日本人の若者は、これらの情勢に的確かつ柔軟に対応していくことが求められる。そのようなマインドセットやコンピテンシーを高めるために留学が大いに期待される。
短期留学でこれだけ大きな変化が統計的に確認できたことは、新たな時代に求められる若者の能力や考え方、行動力を高めるためには留学が強力な手段となることをはっきりと示している。
(注)(*)Volatility(変動性), Uncertainty(不確実性), Complexity(複雑性), Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、社会やビジネスにとって、未来の予測が難しくなってきた状況のことを指している。
(出所)早稲田大学トランスナショナルHRM研究所『留学に伴うマインドセットの変化に関する調査研究』2024年3月(特定非営利活動法人(NPO)留学協会の受託研究)。





